看取り期における「伴走」という関わり方 ――おはぎが地域を動かした話――
訪問看護として看取り期の関わり方について、ずっと感じてきた違和感がありました。
今回はそれにちょこっと触れた一件があったのでそのお話を…。
私が長年感じていた違和感は
医療的な処置や症状コントロールはもちろん大切。
でもそれだけでその人の時間は本当に満たされているのだろうか?ということでした。
正直に言うと、
私はこれまで看取り期のご利用者さまと一緒に
料理をしたり、個展を見に行ったり『そこまでやる?』と言われそうな関わりをしてきました。
忙しい現場で2〜3時間かかるような関わりは簡単ではない。
そもそも、そういう関わり方をしようという発想自体があまり浸透していないようにも感じていました。
だからずっと『私のやっていることは少数派なのかもしれないなぁ』
そんなふうに思っていたんです。
今回の利用者さまは独居。ご親族様は他界されたり疎遠だったりと、この先誰かと一緒にお家で過ごすという未来はないご利用者様。
疾患の進行に伴い痛みが強くなり、医療用麻薬を導入。
疼痛コントロールが整ってくると、痛みの話よりも少しずつ生活の話が出るようになりました。
ずっと続けてこられたピアノのことや歌のこと。
2か月後に予定されている発表会のこと。
一方で、痛みは少しずつベースが上がってきていて、このペースで進めば発表会に出られない可能性も現実的に考えられる。
そこでその場に訪問していた看護師が出した判断は、
長期目標としての「発表会」は否定せずに置いたまま、視点を短期目標に切り替えること。
希望を下げるのではなく、分散させるために。
ご利用者さまから出てきたのは、『おはぎを作って食べたい』という言葉でした。
ただ、
一人で最初から最後まで作るのはしんどい。
途中で体調が悪くなるのも怖い。
このご利用者様はこれまで
『体にいいものを手作りすること』
『自分が作ったものを誰かに食べてもらい、喜ばれること』
をとても大切にしてこられた方です。
食というのは、味付けや作り方にその人らしさが色濃く残る。
在宅看取りの場面では、残された家族にとって『その人が生きていた証』として残ることも多い。
でも今回の場合、それを受け継ぐ家族はいない…
だからこそ看護師が『形だけであっても受け取る人』としてその場を一緒に共有することには意味があるんじゃないかな、と思いました。
この『おはぎを一緒に作る』という話をケアマネさまに共有。
するとこんな電話があったんです。
『地域包括支援センター内でも話を共有し、
管理栄養士が「栄養指導」という形で同席してくれるかもしれない。
といろさんに任せっきりではなく、もっとたくさんの人で関わって、ご本人の好きなことをする時間を作っていきたい。』とのこと。
正直、鳥肌が立ちました。
訪問看護ステーションの関わりとして始めたことが、地域の支援として自然に広がっていった瞬間。
この出来事で、改めて思いました。
看護師がすべてを抱えなくていい。でも、支援が広がる“きっかけ”をつくることはできる。
伴走とは、独占することではなく、必要なタイミングで手渡していくことなのかもしれない。
看護は、時間がかかる。
効率は悪いし、スケジュール調整も簡単ではありません。
それでも私はその人が『自分の人生を生きている時間』に看護師として立ち会いたいと思います。
今回の出来事で
私がこれまでやってきた関わり方が間違っていなかった
といろのスタッフは、ちゃんと私のやりたい伴走を感じてくれていると実感。
とてもとても、感謝だけでは伝えきれないような気持になりました。